「ただの努力不足」

友人のAさんが、僕が発達検査を受けに行った話を聴いて、ご自身も行かれたそうです。

そのときの記事はこちら
大人の発達障害診断を受けて来ました3~WAIS受検と結果~

発達を学ぶことで「自分も発達障害ではないかなー」と思う大人も増えていると思う。
(ぼくもそうでした)
でも本やWEBの知識だけでそのような判断もできないし、もやもやしたまま過ごすことになります。

行動派のAさんは、スッキリさせるために心療内科に行くことにしたそうです。

そして結果発表・・・

「恐らく子供の頃はボーダーだったかもしれないが、それは消えてい
て、今の問題はただの努力不足です」

とドクターからのコメントだったそうです。

(後から補足:この言葉だけ見るとなんと冷酷な医者!と思うかもしれませんが、実際にはAさんとの前後のやり取りや前置きがあった上でのこの言葉です。Aさんが受け取れるような文脈があったであろうことを補足しておきます。)
・・・・

僕から見てAさんは、すごい一生懸命で情熱家なんですよ。ものごとをより良くしようとして頑張っておられます。影響力も高いです。学びの時間も半端無くとられています。

Aさんがすごいなぁと思うのは「変えようのない何かに責任転嫁して、努力が嫌いで逃げてきたのをみとめられなかったんだろうなと深く反省した。」

とご自身に振り返っていることです。このへんの潔さがAさんはすごいのよねーー。

みんな努力しているんだと思います。

ただ、その努力の矛先が

・人や環境を変えようとする

・今の自分を変えようとする

かの違いだけかもしれません。

自分も発達検査を受けてわかったことですが、大人成人のこういった悩みというのは、

子供の頃から持っていたもの+周囲とのやりとりで身につけたもの

があると思うので、

・「発達障害」のせいにする
・自分のせいにして責める
どちらかに偏りすぎるとおかしくなるように思います。

今の自分をありのままで知り、認める

というのは、ときにその取り組み自体が人生となるような深いものかもしれないですね。

定型発達でも障害でも、一人ひとりに必要な支援サポートを求めること、与えられることがもっとフツーになっていくといいですね。

そして焦点は「いま、ここで、自分ができること」をやっていくということなんだとAさんの言葉から受け取りました。

ありがとうございます。


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