人と成る。

先日は成人の日でした。

思えば、19年前の、私が成人の日の次の日に、阪神淡路大震災がありました。

ぼくは、20歳になったから成人したというよりも、
震災という体験によって、やっと「人に成り」人としての道を歩き出したのだと思います。

それまでの若かった私は、自分のことしか考えておらず、
仕事とは『かっこ良く稼ぐこと』『自分が稼ぐためにするもの』だと思っていました。

 

お正月に、永遠の0(ゼロ)という映画をゆきちゃんと一緒に見に行ってきました。
とても良い映画だったと思います。

ゆきちゃんはこの映画を見て、鹿児島の知覧にある知覧特攻平和会館に行きたいと言いました。

今度一緒に行ってこようと思います。

あの場所は日本人なら誰もが一度は行くべき場所だと思っています。
日本人が正気を取り戻す場所だからです。

自分より恐ろしく若い、20歳にも満たない若者、私達のご先祖ですが、その方たちが未来の日本に託した思いをどれほど受け取って過ごしているでしょうか。

自分に迷惑が及ばなければいい、自分の家族さえ幸せであればいい、そのような我欲ばかりが先に立って毎日を過ごしていないでしょうか。

今の日本の総理大臣が「春には、賃金を上げてみせます」という内容の発言をしていました。

「あなたにわたしの賃金が上げられるわけがないし、あげてほしくもない。」

全身に違和感が残るようなニュースでした。

・景気が悪いから
・円安だから
・◯◯が◯◯してくれないから

賃金をあげるのは、国ではなく、自分次第です。

「私が治してあげますよ」「私が癒してあげますよ」という言葉に飛びつく自分自身を振り返ってみる。

震災祈念日を前に。

僕は、子供の頃の体づくりというのは、こういうところに「直接的に」つながるものだと思っています。

今日から4日間、高知でお仕事させていただきます。


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